43歳、For Me。自分を慈しみ、子ども心を蘇らせる一年へ



あなただけの幸せを
一緒に探すカウンセラーのじろうです。



誰かのためなら頑張れるのに、
「自分のために、何をしてあげたい?」
と聞かれると、分からなくなることがあります。


休んでいると、何かをしなければと落ち着かなくなったり。

楽しいことに時間やお金を使うと、少し申し訳なくなったり。

「それは何の役に立つのだろう」と、つい考えてしまったり。


僕も以前は、自分がどうしたいかよりも、
周りの期待に応えることや、誰かのためになることを先に考えることが多くありました。


カウンセラーになり、自分の心と向き合う時間を重ねる中で、
少しずつ、自分の気持ちや、自分にとって大切なものも選べるようになってきました。


そんな僕は、
7月2日に43歳になりました。


43歳の一年は、


自分にとって大切なものを、
自分のために選ぶ。



そんな生き方を、これまで以上に
大切にしていきたいと思います。


僕は毎年、誕生日を迎えるたびに、
その年齢の数字に言葉を重ねながら、


「この一年を、どのように生きていきたいのか」を考えています。


41歳の誕生日ブログで掲げた言葉は、

「41歳、稲穂の心で、喜びと感謝で謙虚に生きていく。
さすれば、きっと実りある良い(41)一年になる」



でした。

周りと比べて、自分にないものを探すのではなく、
すでに自分の中にあるものを見つける。


稲穂のように、実るほど頭を垂れながら、
自分らしく生きていきたい。


そんな思いを胸に始まった、
41歳の一年でした。


そして、

42歳の誕生日ブログで掲げた言葉は、

「42歳、実った自分を、世に(42)還元。
満たした(実りを足した)心で、他者貢献」


でした。


自分を犠牲にして誰かの役に立とうとするのではなく、
まずは自分の心を満たす。


その上で、自分が経験してきたことや学んできたことを、
出会ってくださる方へ手渡していきたい。


そんな思いを込めました。


42歳の一年も、稲穂へ来てくださった方々と、
大切な時間を重ねることができました。


これまで、なかなか人に話せなかったことを、
勇気を出して話してくださる方もいました。


お話を一緒に見つめ、
その方だけの幸せを探していく。


そんな時間の中で、僕も心を動かされ、
たくさんのことを教えていただきました。


人の心には、自分でもまだ気づいていない力があること。


今は何も変わっていないように見えても、
心の奥では、少しずつ何かが動いていること。


そして、カウンセリングは、
カウンセラーが一方的に何かを与えるものではないこと。


クライアントさんが、もともと持っている力。

カウンセラーである僕の関わり。

そして、稲穂という場所や自然、箱庭の仲間たちの力。


それぞれの力が一つになり、その方の幸せな方向へ進んでいく。


僕が大切にしたい「三位一体カウンセリング」の形も、
少しずつ見えてきた一年でした。


42歳は、自分の中に実ったものを、
誰かへ手渡そうとした一年です。


けれど、実際には、
僕が一方的に渡していたわけではありませんでした。


僕もまた、出会ってくださった方から、
たくさんの言葉や気づき、喜びを受け取っていました。


実りは、手渡したら減ってしまうものではなく、
人との間を巡りながら、また新しい実りを生んでいく。


そんなことを感じた一年でした。


では、43歳は、
どのような一年にしたいのか。


毎年恒例の言葉遊びとして、
「43」という数字を、「4」と「3」に分けて


「4」を“フォー・し・よ”
「3」を“ミー・み・さん”


と読み替えながら眺めていると、


フォー・ミー(for me)、
いつくし・み(慈しみ)、
よ・みがえる(蘇る)、
よ・みもの(読みもの)、
し・さん(資産)


という五つの言葉が浮かびました。


最初は、この中から一つを、
43歳のテーマとして選ぼうと思っていました。


けれど、五つの言葉を眺めているうちに、
それぞれの言葉が、僕の中で自然と一つの流れにつながっていきました。


① 自分にとって大切なものを、自分のために選ぶ。

② 今の自分を慈しむ。

③ その中で、忘れていた子ども心が蘇る。

④ そこで得た体験を、読みものにする。

⑤ その体験や言葉を、未来へ残る資産として育てていく。



この五つの言葉を、43歳の一年の軸にしたいと思います。


僕は、For Meという言葉に、
「自分のために」だけでなく、
「自分にとって」という意味も重ねています。


自分のために時間を使うこと。

自分のために何かを選ぶこと。


そんな時に、
「これは、自分にとってどうなのだろう」
と立ち止まってみる。


心地よいのか。
無理がないのか。
本当に大切なのか。


これまでの僕は、
自分がどう感じているかよりも、


誰かの役に立つか。
周りからどう見えるか。


そうしたことを先に考えることが多くありました。


そのため、自分のために時間やお金を使うことに、
少し後ろめたさを感じる時もありました。


けれど、「自分にとってどうなのか」を大切にすることは、
自分だけを優先することではありません。


自分の気持ちや限界を知り、
誰かとも無理のない形で関わっていくために必要な視点なのだと思います。


行きたい場所へ行く。
学びたいことを学ぶ。
何もせず、のんびり過ごす。


何かを学ぶことだけでなく、
休むことも、遊ぶことも、味わうことも、
自分を育てる大切な時間です。


43歳は、周りの基準だけでなく、
自分の感覚にも耳を澄ませ、心が少しでも動くものを選ぶ。


そんな選び方を、これまで以上に大切にしていきたいと思います。


けれど、「自分にとってどうなのか」と問いかけても、
すぐに答えが見つかるとは限りません。


長い間、自分よりも周りを優先してきた人にとって、
「自分は何がしたいのだろう」
「本当は何を感じているのだろう」


と、自分に問いかけることは、
簡単ではありません。


僕もこれまで、自分の苦手なところや、
思うようにできないところを、何度も責めてきました。


もっと頑張らなければ。
もっと成長しなければ。
もっと人の役に立たなければ。


そうやって自分に厳しい言葉を向け、
立ち止まることを許さないまま、
前へ進もうとすることもありました。


でも、本当に必要なのは、
自分を急いで変えることではなく、


「今、自分の中で何が起きているのだろう」


と立ち止まり、自分の声を聞いてあげることなのだと思います。


疲れている時には、
休ませてあげる。

寂しい時には、
寂しい自分を置き去りにしない。

怖い時には、
無理に前へ進ませず、安心できるまで一緒にいる。

喜んでいる時には、
その喜びを急いで通り過ぎず、ゆっくり味わう。


自分を慈しむことは、
自分を甘やかして成長を止めることではありません。


今の自分を見捨てずに、
一緒に歩いていくことなのだと思います。


自分の声を聞きながら過ごしていくと、
心の奥に閉じ込めていたものが、少しずつ蘇ってくるのかもしれません。


大人になるにつれて、
「そんなことをしても意味がない」
「もっと現実的に考えなければ」
「遊んでいる場合ではない」


と、好奇心や遊び心に蓋をしてしまうことがあります。


けれど、子どもの頃に持っていた、
何かに夢中になる力や、知らないものにワクワクする心は、
消えてしまったわけではないのだと思います。


心の奥で、迎えに来てもらうのを待っているのかもしれません。


43歳は、子どもの頃の自分を置き去りにしたまま、
大人として先へ進むのではなく、43歳の僕が、
子どもの頃の僕の手を取り、一緒に人生を味わっていきたいと思います。


子どもに戻るのではありません。

大人になった僕が、子どもの頃の僕を迎えに行く。


そして、今の僕が持っている経験や安心に、
子どもの僕が持っていた好奇心や遊び心を、もう一度重ねていく。


上手にできるかどうかではなく、
やってみたいからやってみる。

役に立つかどうかではなく、
面白そうだから近づいてみる。


そんな子ども心を、もう一度蘇らせたいと思います。


自分にとって大切なものを選び、
子ども心を蘇らせながら過ごしていく。


その中で、心が動く体験に出会うこともあると思います。


僕はこれまで、ブログを書く中で、
自分の過去や体験を何度も振り返ってきました。


昔は、ただ嫌だった出来事。
できれば思い出したくなかったこと。
意味のない遠回りに思えた時間。


けれど、今の自分から見つめ直すと、
当時とは少し違ったものが見えてくることがあります。


あの時、僕は何を感じていたのか。
何を我慢していたのか。
何を守ろうとしていたのか。


そして、その経験が、今の僕にどのようにつながっているのか。


書くことは、出来事をきれいにまとめることではありません。


すぐに答えを出すことでもありません。


言葉にしながら、その体験や、当時の自分の心を、
もう一度ゆっくり読み直すことなのだと思います。


43歳は、自分の心や身体の反応を丁寧に読みながら、
そこで得た体験を言葉にしていきたいです。


特別な出来事だけではなく、
日々の中で心が動いた小さなことも、
急いで通り過ぎずに味わってみる。


そして、その中から書きたいと思ったものを、
一つひとつの読みものとして残していきたいと思います。


ここでいう資産とは、
お金や形のある財産だけではありません。


これまで経験してきたこと。
人との出会い。
学んできたこと。
失敗したこと。
自分の心と向き合った時間。
そして、それらを自分の言葉で残した文章。


こうしたものも、
僕にとって大切な資産です。


カウンセリングを続ける中で見えてきた
「三位一体カウンセリング」という考え方も、
43歳の一年を通して、さらに深めていきたいと思っています。


何か新しいものを急いで足すのではなく、
今すでに自分の中にあるものを、
丁寧に見つめ、育て、言葉にしていく。


それは、僕自身のためだけではなく、
これから稲穂と出会ってくださる方のためにもなるのだと思います。


丁寧に積み重ねた体験や言葉は、
いつか未来の僕を支えてくれるかもしれません。


そして、僕が残した言葉が、
いつか誰かの苦しい時間に、
そっと寄り添うこともあるかもしれません。


自分の経験や思いを、
自分だけの中に閉じ込めず、
未来へ残る言葉の種にしていく。


その種が、未来の僕を支えたり、
どこかで誰かの心に小さな芽を出したりしたら嬉しいです。


41歳は、自分の中にある実りを見つけようとした一年でした。


42歳は、その実りを誰かへ手渡そうとした一年でした。


そして、43歳は、もう一度、その実りが生まれる土を耕す一年にしたいと思います。


自分にとって大切なものを選び、自分の心を慈しむ。


その中で、忘れていた子ども心を蘇らせ、心が動く体験を重ねる。


そして、そこで得たものを言葉として残していく。


その体験や言葉が、いつかまた、誰かの心へ届くかもしれません。


自分のために生きることと、
誰かのために生きることは、
対立するものではなく、
一つの循環の中にあるのだと思います。


だから43歳は、
自分にとって何が大切なのかを確かめながら、
自分の人生を丁寧に味わっていきたいです。


自分を慈しむことと、他者を大切にすること。


自分の喜びと、誰かの幸せ。


どちらか一方を選ぶのではなく、
その両方を一緒に育てていきたいと思います。

43歳、For Me。

自分にとって大切なものを選び、自分を慈しみ、子ども心を蘇らせる。

そこで得た体験を読みものにし、未来へ残る資産を育てていく。



43歳の一年も、うまくいくことばかりではないと思います。


迷うことも、立ち止まることも、思うように進めないこともあるでしょう。


それでも、そんな自分を急かさず、責めず、見捨てずに、一緒に歩いていきたいです。


そして、稲穂へ来てくださる方とも、


「自分にとって、何が大切なのか」


を一緒に確かめながら、その方だけの幸せを探していきたいと思います。


43歳の一年も、どうぞよろしくお願いいたします。

・誰かのためには頑張れるのに、自分のことは後回しにしてしまう方
・自分が本当は何をしたいのか分からなくなっている方
・子どもの頃の好奇心や遊び心を取り戻したい方



どうぞ、お気軽にご相談ください。






あなただけの幸せを
一緒に探すカウンセリング