嫌いな気持ちは、消さなくてもいい



あなただけの幸せを
一緒に探すカウンセラーのじろうです。



ある人の顔を見るだけで、身体が固くなる。

名前を聞いただけで、胸のあたりがざわつく。

その人からのメッセージが届くだけで、心臓が速くなる。

できることなら関わりたくないのに、
頭の中では、何度もその人との出来事を思い出してしまう。


そんな経験はありませんか。


「引きずっている自分が悪い」
「気にしなければいいのに」
「もう過ぎたことなのだから、忘れなければ」


そう思っても、心や身体は、
思うようには動いてくれません。


「まだ気にしているなんて、私が弱いのかな」

「許せない私は、心が狭いのかな」


そうやって、自分を責めてしまうこともあります。


けれど、ある人を思い出すだけで苦しくなるのには、
何かしらの理由があるのかもしれません。


今回は、「特定の相手を嫌う感情」についてのマウス研究を手がかりに、
嫌いな気持ちと、そこから心が変化していくことについて考えてみたいと思います。


先日、日本経済新聞で、東京大学の研究チームによる「特定の相手を嫌う感情」の研究が紹介されていました。


東京大学の研究発表では、「脳は友達への好き嫌いをどうアップデートさせるのか?」というタイトルで紹介されています。


研究では、馴染みのあった相手から攻撃を受けたマウスが、
その後、攻撃してきた特定のマウスを避けるようになりました。


脳の働きを調べると、相手についての記憶に関わる海馬と、
恐怖などの感情に関わる扁桃体との結びつきが強くなっていたそうです。


簡単に言えば、

「あの相手」
という記憶と、

「怖かった」
「危険だった」
「近づきたくない」
という感情が、
脳の中で結びついたと考えられます。


研究チームが、その神経の結びつきを人為的に弱めると、
攻撃してきた相手を避ける行動は見られなくなりました。


もちろん、これはマウスを使った実験です。


人間の「嫌い」という感情は、
過去の経験や言葉、関係性、価値観などが複雑に重なって生まれます。


今回の研究結果を、そのまま人間の心へ当てはめることはできないと思います。


それでも、僕はこの記事を読みながら、
「相手を嫌いになるほどの、何かがあったのかもしれない」
ということを、改めて感じました。


誰かに否定された。
信じていた人に裏切られた。
強い言葉で責められた。
気持ちを無視された。
嫌だと言えないまま、何度も我慢した。


そのような経験をすると、
心や身体は、その相手を「自分を傷つけるかもしれない人」として覚えていくことがあります。


頭では、
「今は何もされていない」
「もう昔のことだ」

と分かっていても、相手の顔や声に触れた瞬間、身体が先に反応してしまいます。


胸が苦しくなる。
身体に力が入る。
言葉が出なくなる。
その場から離れたくなる。


それは、心が狭いからでも、執念深いからでもありません。


もう二度と同じように傷つかないように、
心と身体が自分を守ろうとしているのかもしれません。


「嫌い」という感情があるからこそ、
危険な相手から離れたり、自分を傷つける関係に気づいたりできることもあります。


だから、その感情を持っている自分を、
すぐに責めなくてもいいのだと思います。


僕自身にも、思い当たる経験があります。


大阪で会社員として働いていた頃、
過労で会社の最寄り駅に着いた時に倒れ、
救急車で運ばれました。


それから、会社へ行けなくなりました。

そして、会社からカウンセリングを受けるように言われました。


指定された場所は、会社の最寄り駅にあるホテルのラウンジ。

待っていたのは、スーツ姿の男性カウンセラーでした。


会社の近くへ行くこと。
職場を思い出すようなスーツ姿の男性と向き合うこと。
自分から望んだというより、会社から受けるように言われたカウンセリングだったこと。


それらが重なり、僕の中に、
そのカウンセラーさんへの嫌悪感というか、
警戒するような気持ちが湧いてきました。


その方に何か問題があったわけではありません。


それでも僕は、
「もうカウンセリングは大丈夫です」
と伝え、次から会わなくても済むようにしてしまいました。


もちろん、本当は、決して大丈夫ではありませんでした。


今振り返ると、僕が遠ざけたかったのは、
そのカウンセラーさん自身ではなく、
会社へ行けなくなるほど苦しかった記憶を思い出させる、
場所や服装、その状況だったのだと思います。


人だけではなく、場所や声、匂い、服装などが、
苦しかった記憶と結びつくこともあります。


あの時の体験は、今の僕が、
カウンセリングでは場所の安心感や、そ
の人自身の意思を大切にしたいと思う理由の一つになっています。


ある一人の人との間で生まれた警戒が、
ほかの人との関係へ広がってしまうことがあります。


一人の上司から強く否定されたことで、
上司という立場の人と話すだけで緊張する。


一人の恋人に裏切られたことで、
誰かを信じることが怖くなる。


一人の友人に本音を笑われたことで、
人に気持ちを話せなくなる。


「あの人が怖かった」という経験が、

「人はみんな怖い」
「誰かに本音を話すと傷つけられる」

という感覚へ広がることがあります。


それは、その時の自分にとっては、
必要だった警戒なのかもしれません。


けれど、その警戒によって、
本当は安心できる人からも自分を遠ざけてしまうことがあります。


そんな時に必要なのは、
「人を信じなければいけない」
と自分に言い聞かせることではありません。


「あの人との間で起きたこと」と、
「今、目の前にいる人」を、
少しずつ分けていくことなのだと思います。


過去に起きた出来事を、
なかったことにはできません。


言われた言葉も、傷ついた経験も、
完全に消すことはできません。


けれど、過去の出来事そのものは変えられなくても、


過去と今の自分との関係は、変わっていくことがあります。


以前は、思い出すだけで一日中苦しかった出来事から、
少しずつ短い時間で今へ戻ってこられるようになる。


相手の言葉を思い出しても、
「私は本当にダメな人間なのだ」

ではなく、
「私は、あの言葉で深く傷ついたのだ」
と捉えられるようになる。


身体が固まっていることに気づき、
自分を落ち着かせたり、
誰かへ助けを求めたりできるようになる。


忘れたわけでも、
許したわけでもありません。


反応が完全になくならなくても、
自分で選べることが少しずつ増えていく。


それも、心が変わるということなのだと思います。


ある人との出来事を話そうとしても、
うまく言葉にならないことがあります。


何が嫌だったのか分からない。
説明しようとすると、頭が真っ白になる。
理由は分からないけれど、身体だけが強く反応する。


そのような時は、無理にきれいな言葉へまとめなくても大丈夫です。


「その人を思い浮かべると、身体のどこが反応するだろう」

「この苦しさに、色や形があるとしたら、どのようなものだろう」


言葉だけではなく、身体の感覚やイメージ、
必要に応じて箱庭を使いながら、心の中にあったものを少しずつ感じ取れることもあります。


そして、安心できる場所で、

話しても否定されなかった。
黙っていても待ってもらえた。
嫌だと言っても大丈夫だった。
自分の気持ちを尊重してもらえた。


そのような経験を重ねる中で、

「少なくとも、この人は今の私を傷つけようとしていない」

「今の自分には、離れることも、助けを求めることもできる」

という新しい感覚が育つことがあります。


カウンセリングは、
嫌いな人を好きになるための場所ではありません。


傷つけられた出来事を、
なかったことにする場所でもありません。


相手の事情を理解して、
無理に許す必要もありません。


もう一度仲良くなることが、
必ずしも回復ではないと思います。


大切なのは、

今の自分が、その人との距離を選べるようになること。


会うのか、会わないのか。

話すのか、話さないのか。

関係を続けるのか、離れるのか。

すぐには離れられない相手なら、どこまで話すのか。

一人で抱えず、誰に助けを求めるのか。


相手への反応に動かされ続けるのではなく、
自分の気持ちを確かめながら、これからを選べるようになることです。


嫌いなままでもいい。
忘れなくてもいい。
許せなくてもいい。


ただ、その人を思い出すたびに、
今の自分まで傷つき続けなくてもいいのです。


問題を消すことだけが、変化ではありません。

過去を抱えたままでも、今の自分へ戻ってこられること。

そして、自分で距離を選べるようになること。

それもまた、自分の心を大切にして生きていくことなのだと思います。

・嫌いな人を忘れられず、そんな自分を責めている方
・ある人を思い出すだけで、心や身体が緊張する方
・相手を許せない自分は、心が狭いのではないかと思っている方



どうぞ、お気軽にご相談ください。


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