他者を通して、自分が見えてくる― 自分とつながること、他者とつながること ―



あなただけの幸せを
一緒に探すカウンセラーのじろうです。


自分は何がしたいのか分からない。
何を大切にしたいのか分からない。
本当はどう思っているのか分からない。


そう感じる時は、ありませんか。


そんな時に、
「大切なのは自己理解です」と聞くと、
ひとりで自分の内側を深く見つめることのように思うかもしれません。


例えば、
ノートに書き出したり、
過去を振り返ったり、
自分の気持ちを整理したり。


それは、とても大切な時間です。


でも、自分の内側だけを見つめ続けても、
かえって分からなくなることがあります。


そんな時、
自分という存在は、
他者とのつながりの中で見えてくることがあります。


今日は、
自分とつながること。
他者とつながること。


その関係について書いてみたいと思います。


自分のことを知ろうとして、
一生懸命に考える。


「私は何が好きなんだろう」
「本当はどうしたいんだろう」
「どうしてこんなに苦しいんだろう」


そうやって、
自分の内側に問いかけることがあります。


でも、考えれば考えるほど、
分からなくなってしまうこともあります。


自分の気持ちなのに、
自分でも掴めない。


本音を探しているはずなのに、
頭の中でぐるぐる考えるばかりで、
余計に苦しくなってしまう。


そんなこともあると思います。


それは、
自分の輪郭が、
自分ひとりでは見えにくいからかもしれません。


例えば、
白い紙の上に白い線を引いても、
その線は見えにくいですよね。


でも、そこに違う色があることで、
はじめて線の輪郭が見えてくる。


自分という存在も、
それに少し似ている気がします。


誰かと話していて、
ふと、こんなふうに感じることがあります。


「自分は、そう感じないけどな」


相手は楽しいと言う。
でも、自分は少し疲れる。

相手は大丈夫だと言う。
でも、自分は傷つく。

相手は大切だと言う。
でも、自分にはそこまで響かない。


そんな「違い」に出会うことがあります。


その時、
つい自分を責めてしまうこともあるかもしれません。


「どうして自分は同じように楽しめないんだろう」
「こんなことで疲れるなんて、弱いのかな」
「みんなは平気なのに、自分だけおかしいのかな」


でも、その違いは、
自分を責めるためのものではありません。


自分を知るための、大切な手がかりでもあります。


人との違いに気づくことで、
自分の感じ方が少しずつ見えてきます。


自分が疲れやすい場面。
自分が傷つきやすい言葉。
自分が大切にしたい距離感。
自分が本当は無理をしていたこと。


違うからこそ、
自分の感じ方や、大切にしたいものが分かるのだと思います。


一方で、
誰かの言葉に深くうなずける時もあります。


「わかる」
「自分もそうだった」
「それ、言葉にできなかったけど感じていた」


そんなふうに、
誰かの言葉を通して、
自分の中にあった思いに気づくことがあります。


自分ではうまく言葉にできなかった気持ちを、
誰かが先に言葉にしてくれる。


その瞬間、
「ああ、自分だけじゃなかったんだ」
と、心が少しゆるむことがあります。


同じものを見つけることで、
安心できる。


それまで、
自分だけがおかしいのだと思っていたことが、
そうではなかったのだと分かる。


誰かとの同じを見つけることで、
自分の感じてきたことを、少し認められるようになる。


他者の言葉によって、
自分の中にあった声が、初めて自分にも届くことがあるのだと思います。


他者との「違い」は、
自分の輪郭を教えてくれます。


他者との「同じ」は、
自分だけではないという安心を与えてくれます。


「違い」ばかりを感じていると、


「自分は誰とも違うんだ」
「分かってもらえないんだ」
「ここにいてもいいのかな」


と、孤独になることがあります。


反対に、同じであることばかりを求めると、


「みんなと同じでいなきゃ」
「ちゃんと合わせないと」
「違うことを感じてはダメ」


と、自分の声が小さくなってしまうことがあります。


だからきっと、
「違い」と「同じ」の両方が大切なのだと思います。


違っていても、いい。
でも、ひとりではない。


同じところが、ある。
でも、まったく同じでなくていい。


その両方を感じられる時、
自分という存在が少しずつ明らかになっていくのだと思います。


以前、上高地の星空ツアーに参加した時のことです。


真っ暗な森の中でライトを消すと、
本当に何も見えなくなりました。


目を開けているのに、見えない。
すぐ近くに妻がいるはずなのに、
その存在すら分からない。


その時、
自分という存在も、
暗闇の中に溶けていくような感覚がありました。


自然と一体になるような不思議な感覚もありました。
でも同時に、
自分の輪郭がなくなっていくような怖さもありました。


だから僕は、
暗闇の中に手を伸ばしました。


そして、妻に触れた時、
ふっと自分の輪郭が戻ってきたように感じました。


「ああ、自分はここにいる」


そう感じたのです。


この時のことは、以前こちらの記事にも書きました。
👉 https://inaho16.com/sense-of-wonder-kamikochi-stars/


この体験を通して、
僕は改めて思いました。


他者がいることで、
自分が分かることがある。


他者に触れることで、
自分の存在にも触れられることがある。


自分とは、
自分ひとりで完結しているものではなく、


誰かとの関係の中で、
少しずつ輪郭を取り戻していくものなのかもしれません。


他者がいて、
自分がいる。


言葉にすると、当たり前のことかもしれません。


でも、それは、
頭で理解するというより、
身体で感じた気づきでした。


カウンセリングもまた、
他者との対話を通して、
自分を知っていく時間です。


カウンセラーが、
あなたの答えを決めるわけではありません。


「こうした方がいい」
「それは間違っている」
「あなたはこういう人です」


と、外側から答えを与える時間でもありません。


話しながら、
聴かれながら、
自分の言葉に出会っていく。


そんな時間です。


「自分はこんなことを感じていたんだ」
「本当はこうしたかったんだ」
「これは嫌だったんだ」
「これを大切にしたかったんだ」


誰かに聴いてもらうことで、
自分の心の声が、自分にも届いていく。


言葉にしてみて初めて、
自分の本音に気づくこともあります。


話しているうちに、
「あ、今の言葉、大事かもしれない」
と、自分自身が気づくこともあります。


カウンセリングは、
自分の中にある答えを、
安心できる他者との関係の中で
一緒に見つけていく時間なのだと思います。


人と関わると、
疲れることも当然あります。


気を遣いすぎてしまったり、
相手に合わせすぎてしまったり、
自分の本音が分からなくなってしまうこともあります。


だから、
ひとりになる時間も大切です。


自分の呼吸に戻る時間。
自分のペースを取り戻す時間。
誰にも合わせなくていい時間。


そうした時間があるからこそ、
もう一度、人と関わることができるのだと思います。


そして、人との関わりの中でしか見えない自分もいます。


「違い」に気づくことで、
自分の大切にしたいものが分かる。


「同じ」ものを感じることで、
自分だけではなかったと安心できる。


時には、誰かがそこにいてくれることで、
自分がここにいることを思い出せる。


人とつながることは、
必ずしも自分を失うことではありません。


安心できる関係の中では、
むしろ、自分を明らかにしていくことにもなるのだと思います。


自分を知ることは、
ひとりで完結するものではないのかもしれません。


他者との「違い」を通して、
自分の輪郭が見えてくる。


他者との「同じ」を通して、
自分の思いを受け止められるようになる。


そして、
他者がいることで、
自分の存在に気づけることがある。


自分とつながること。
他者とつながること。


その二つは、
別々のものではなく、
きっと深くつながっています。


自分だけを見つめても分からない時は、
安心できる誰かとの対話の中で、
自分の声に耳を澄ませてみる。


そこに、
まだ言葉になっていなかった自分が
待っているのかもしれません。


カウンセリングルーム稲穂も、
安心できる対話を通して、
自分とのつながりを取り戻していく場所でありたいと思っています。


誰かに合わせるためではなく、
誰かに答えを決めてもらうためでもなく、
あなたが、あなた自身の声に出会うために。


その時間を、
一緒に大切にしていけたらうれしいです。

カウンセリングルーム稲穂の部屋
・自分が何を感じているのか分からなくなる方
・周りに合わせすぎて、自分の本音が分からなくなる方
・安心できる対話の中で自分を見つめたい方



どうぞ、お気軽にご相談ください。






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