道なき道を歩いてもいい― 鳥取砂丘で感じた、自分の道の見つけ方 ―



あなただけの幸せを
一緒に探すカウンセラーのじろうです。



先日、鳥取の境港で訪れた水木しげるロードについて、
「中途半端な自分にも、ちゃんと居場所はある」という記事を書きました。


前回の記事は下記です。
👉 https://inaho16.com/mizuki-shigeru-road-self/



その旅の中で、もうひとつ強く心に残っている場所があります。


それが、初めて訪れた鳥取砂丘です。


砂丘への入口の階段を上ると、
目の前に広がっていたのは、
想像していた以上に大きな砂の世界と、その先にある海でした。

この階段の先が砂丘だで。


時刻は17時30分を過ぎた頃。
間もなく日が沈む時間。


「とりあえず、あの高いところまで行ってみよう」


そう思って、
馬の背と呼ばれる場所へ向かって歩き始めました。


でも、砂丘は思ったよりも簡単には進ませてくれませんでした。


足が砂に取られて、
一歩一歩が重い。


まっすぐ進んでいるつもりなのに、
思うように前へ進めない。


けれど、その歩きにくさの中に、
なぜか心地よさもありました。


今日は、鳥取砂丘を歩きながら感じたことを、
少し書いてみたいと思います。

馬の背の高さは47mあるとか。


鳥取砂丘の上り坂は、
見た目以上に大変でした。


足を出しても、
砂に沈む。


踏ん張っても、
少し戻される。


普段の道なら簡単に進める一歩が、
砂の上では、なかなか進まない。


でも、人生にもこういう時期があるなと思いました。


頑張っているのに、
前に進んでいる感じがしない。


努力しているのに、
空回りしているように感じる。


周りの人は軽やかに進んでいるように見えて、
自分だけが足を取られているように感じる。


でも、砂丘を歩いていて思ったのは、
進みにくい場所では、
進みにくい歩き方になるのが自然だということでした。


砂の上を、
アスファルトと同じようには歩けない。


心が疲れている時も、
人生の足場が不安定な時も、
いつも通り進めなくて当然なのかもしれません。

馬の背の頂上まで、あと少し。


何とか馬の背までたどり着くと、
そこにはとても心地いい景色が広がっていました。


子どもたちが裸足で走っていました。


砂の上を駆けたり、
ゴロゴロと転がったりしている。


その姿があまりにも気持ちよさそうで、
僕も妻も、思わず裸足になりました。


靴を脱いで、
足の裏で砂を感じる。


僕には、温かく感じました。
妻には、少しひんやり感じたようです。


同じ砂の上に立っているのに、
感じ方は少し違う。


でも、どちらも間違いではない。


温かいと感じてもいい。
冷たいと感じてもいい。


人の感覚は、
それぞれ違っていていいのだと思います。


カウンセリングでも、
同じ出来事をどう感じるかは人によって違います。


「普通はこう感じるはず」
「こう思えない自分はおかしい」


そんなふうに決めつけなくてもいい。


自分の足で感じたこと。
自分の心に浮かんだこと。


それをまず、
そのまま受け取ってみることが大切なのだと思います。

砂がほんとサラサラ。靴下もすぐ履けた。


鳥取砂丘について、
「何もない場所」と聞いたことがあります。


そう受け取ると、
確かにそうかもしれません。


大きな建物があるわけでもない。
派手なアトラクションがあるわけでもない。
決められた順路があるわけでもない。


あるのは、
砂と海と空。


でも、僕は、
だからこそいいのだと思いました。


何もないように見えるからこそ、
そこに来た人それぞれが、
自分の好きなように何かを受け取れる。


砂を踏む感触。
風の音。
波の音。
沈んでいく夕日。
足に残る温度。
そして、自分たちだけの足跡。


五感が大活躍して、
身体を動かし、
頭も心も自然と働き始める。


そう考えると、
こんなに楽しい場所はないなと思いました。


そして、思っていた以上に、
とても癒される場所でした。


何かがたくさん用意されている場所だけが、
楽しい場所とは限らない。


何もないように見える場所で、
自分の感覚が戻ってくることもある。


鳥取砂丘は、
そんな場所だったように思います。


砂丘を歩いていると、
いろいろな足跡がありました。


まっすぐ進む足跡。
斜めに進む足跡。
途中で曲がっている足跡。
誰かと並んで歩いたような足跡。


馬の背の先の方には、
ひとりでどこかへ向かって歩いている人の姿もありました。


その人が歩いているルートには、
確かに足跡が残っていました。


でも、そのルートだけが正解というわけではありません。
他にもたくさんの足跡がありました。


きっと、それぞれの人が、
それぞれの目的地へ向かって歩いていたのだと思います。


人生も、きっと同じです。
誰かの歩いた道を参考にしてもいい。


でも、
その通りに歩かなければいけないわけではない。


遠回りしてもいい。
途中で立ち止まってもいい。
別の方向へ進んでもいい。


自分で歩いた道は、
ちゃんと自分の足跡になる。


そう思うと、
少し安心できる気がしました。

たくさんの足跡。先を歩くこの方は、どこへ向かうのだろう。


さらに先の方へ歩いていくと、
だんだん周りに人がいなくなっていきました。


気づけば、
砂山に囲まれていました。


どちらへ進めばいいのか、
少し分からなくなるような場所。


周りには、
参考になる足跡もほとんどありません。


「ここはどこだろう」
「ちゃんと戻れるのかな」


そんな気持ちも少し出てきました。


でも、怖がりすぎずに、
スマホの地図で方向だけ確認して、
また歩き始めました。


道はない。
でも、進む方向だけは何となく分かる。


だから、
一歩ずつ歩いてみる。


振り返ると、
僕たちの足跡だけが、
砂の上に続いていました。

誰の足跡もなくなると少し不安。



誰かの道をなぞるのではなく、
自分たちで道を作っているような感覚でした。


人生でも、
「正解の道」が見えない時があります。


誰かの真似をすれば安心できる時もあるけれど、
どうしても自分で歩くしかない場所もある。


そんな時に必要なのは、
完璧な地図ではなくて、


「こっちへ進んでみよう」


と思える小さな方向感覚なのかもしれません。


何とか無事に入口の方へたどり着く頃には、
辺りはもう暗くなっていました。


入口近くのイスに腰掛けて、
ひと休みしました。


空を見上げると、
星がひとつだけ見えました。


鳥取に来た目的のひとつに、
「キレイな星空が見たい」がありました。


でも、その夜に見えた星は、
ひとつだけでした。


少し残念な気持ちも出てきたけれど、
ひとつ見えたなら、
それでいいじゃないかと思いました。


たくさん見えなくてもいい。
全部が満たされなくてもいい。


今見ている星は、
紛れもなく、鳥取砂丘で見ている星です。


思っていた通りにならなくても、
その中にひとつでも光るものがあれば、
それはちゃんと大切なものです。


人生も、そうなのかもしれません。


全部がうまくいく日ばかりではない。
望んだものが全部そろうわけでもない。


それでも、
ひとつの安心。
ひとつの気づき。
ひとつの光。


それが見つかるだけで、
十分な日もあるのだと思います。

この日の鳥取砂丘の一番星だ。


鳥取砂丘は、
ただ砂がある場所というだけではありませんでした。


砂に足を取られながら歩くこと。
裸足で砂を感じること。


何もないように見える場所で、
自分の感覚が動き出すこと。


人の足跡を見ること。
足跡のない場所を歩くこと。


自然の美しさや不安を感じること。


そして、
暗くなった空にひとつだけ星を見つけること。


そのひとつひとつが、
身体を通して何かを教えてくれるようでした。


思うように進めない時があってもいい。
人と違う感じ方をしてもいい。
誰かと違う道を歩いてもいい。


道が見えない場所では、
一歩ずつ歩きながら、
自分の足跡を残していけばいい。


鳥取砂丘で過ごした時間は、
そんなことを静かに教えてくれた気がします。


自分の足で感じて、
自分の心で受け取って、
自分の道を歩いていく。


その道は、
誰かから見れば遠回りに見えるかもしれません。


でも、自分で歩いた道なら、
それはちゃんと、自分の人生につながっていくのだと思います。

足跡は、まだない。
・自分の道がこれでいいのか不安な方
・頑張っているのに前に進めないと感じている方
・自分らしい生き方を見つけていきたい方



どうぞ、お気軽にご相談下さい。


【あとがき】


周りに誰もいない砂丘で、
ゆっくりと深呼吸をしました。


とてもいい時間でした。


深呼吸は、
いつでも、どこでもできるもの。


それでも、
あの場所でしか味わえない深呼吸がありました。


自分の足で砂山を上り、
たどり着いた場所。


冷たくて、あたたかい砂。
やわらかくて、少し鋭い風。
昼から夜へ変わっていく空。


そんな、いろいろな狭間で揺れているこの場所が、
とても美味しく、
ただただ気持ちよかった。


この感覚を一度、身体で覚えておけば、
普段の暮らしの中でも、
イメージを使って、
同じような呼吸を思い出せる。


僕は今も、
あの場所の空気を思い出しながら、
呼吸を深めることがあります。


一度、身体で味わったものは、
ちゃんと思い出せる。


スマホのカメラにはおさまりきらない、
身体の記憶。


これからも、
頭で思い出すだけでなく、
身体でも思い出せるように。


そんな旅を、
これからもしていきたいなと思います。


次はどこを歩こうかな🌾





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