あなただけの幸せを
一緒に探すカウンセラーのじろうです。
2025年の紅白歌合戦に出ていた
M!LKの「好きすぎて滅」という曲をご存知でしょうか。
我が家では、なぜかよく流れている曲です。
この曲を、自分なりに受け取って、
とある実践を試みました。
すると、思っていた以上に、
穏やかに過ごせることに気づきました。
今日は、そんなお話です。
付き合い方を変えてみた
大好きなものほど、
心を大きく動かすことがあります。
支えられることもあれば、
揺さぶられることもある。
今風に言うならば「推し」でしょうか。
皆さんにも、そんな存在ありませんか?
僕でいうと、中日ドラゴンズ。
小学生の頃からずっと好きです。
3月末に2026年シーズンが始まりました。
ここ10年以上、成績が停滞しているのですが、
今シーズンは前評判がやたらとよく、期待感も高まっていました。
だからこそ、今シーズンは、
あえて距離を取る形を選ぶことにしました。
形は違えど、思いは同じ
それは、気持ちが冷めたからではなく、
これからも、長いお付き合いをするための、
今の僕なりの応援の形です。
ネットでの速報や試合結果は見ない。
普段の生活では、ドラゴンズの情報に一切触れない。
その代わり、現地で応援するときは、
思いきり応援する。
そんなふうに決めました。
以前の僕にとっては、結果を追うことも、
日々の情報に触れることも、応援の一部でした。
でも今は、少し違う形のほうが、
自分に合っている気がしています。
一喜一憂することに、一喜一憂しない
応援の仕方を変えようと思った理由は、
大きく3つあります。
1つ目は、一喜一憂してしまうから。
2つ目は、自分がやるべきことに集中したいから。
3つ目は、気持ちの波を穏やかにしたいからです。
好きだからこそ、
試合状況や結果に気持ちが揺れる。
それ自体は自然なことだと思います。
でも、その揺れが大きすぎると、
日常まで持っていかれてしまうことがある。
試合速報で途中経過を追いかけてしまう。
野球は1試合3時間くらい。
と、思うやなかれ。
開始前には、
今日は誰が出るのか。
相手はどうなのか。
そんな情報を追ってしまう。
試合後には、
結果の振り返り。
ハイライト動画やスポーツニュースの確認。
選手や監督のコメント、
ネットに流れるファンのコメント、
他球団の結果、次の試合の情報…
気づくと、半日くらい時間が溶けていることも。
そんな生活ができるならいいですが、
今の僕には、
気持ちの安定と、時間の確保のために、
付き合い方を変えることが必要でした。

小学生の頃から、ずっと好きな存在
僕は小学生の頃から、
中日ドラゴンズが好きでした。
テレビの影響でしょうか。
三重県は、巨人ファン、阪神ファンも多いですが、
一番多いのは、ドラゴンズファンでした。
僕の思い出の片隅には、
いつもドラゴンズがありました。
小学生の頃、
タバコを吸うおじいちゃんと、
今では見ない喫煙車両に乗って、
ナゴヤ球場へ行ったこと。
父に東京ドームへ連れて行ってもらったこと。
ナゴヤドームがオープンした時に、
連れて行ってもらったこと。
友人や会社の同僚とも球場へ足を運んだこと。
妻と一緒に応援しに行ったこと。
そして、2006年10月10日、
大学生で東京にいた時、
東京ドームで優勝する瞬間を観戦できたこと。
あの時々の景色や空気は、
今でもよく覚えています。
ただ、試合を見ていただけではなく、
僕の思い出の大切な一部に、
いつもドラゴンズがいました。
嬉しい時も、苦しい時も、
そこにいてくれた存在。
気づけば当たり前のように居てくれて、
触れていることが生活の一部になっていました。
好きだから。
大切だから。
欠かせない存在だから。
だからこそ、
距離の取り方を変えることにしました。
「一生応援するのだから」という言葉
同じくドラゴンズファンである、
サカナクションの山口一郎さんの言葉が、
とても印象的で、心に残りました。
「どうせ一生応援するのだから」
その言葉に、深くうなずきました。
本当に、その通りだと思ったのです。
勝っても負けても、好きなものは好き。
応援したい気持ちは、きっと変わらない。
それは、一時の気分ではなく、
もう人生の中に根づいているものです。
だったら、日々の勝ち負けに心を削られなくてもいい。
毎試合ごとに大きく揺さぶられなくてもいい。
今の僕には、その一喜一憂は、
なくてもいいのだと思いました。

それは、遠距離恋愛みたいなもの
今の僕にとってのドラゴンズは、
「遠距離恋愛」のようなものなのかもしれません。
毎日連絡を取りたくなるのは、
心配だったり、愛情を確かめたかったりする気持ちがあるから。
でも、そこで常に繋がっていようとすると、
かえって心が落ち着かなくなることもある。
だからこそ、相手を信じる。
そして、自分は自分の暮らしをちゃんと生きる。
自分のできることを、日々やっていく。
その上で、会えるときには、目いっぱい楽しむ。
現地で応援できるときには、思いきり気持ちを込めて応援する。
そんな距離感が、
今の僕にはちょうどいい気がしています。
実際に、情報を断ってみた
そのために、隙あらば開いていた、
Yahooアプリと野球速報アプリを消去しました。
妻にもそのことを伝えて、
情報を教えないでもらうようにしました。
普段テレビを見ることもほとんどないので、
意外と情報はコントロールできています。
開幕して2週間ほどが経ちましたが、
今の状況が全くわかりません。
で、気持ちはどうなのかと言うと。
不思議と大丈夫です。
見たい気持ちが爆発するわけでもなく、
落ち着かないわけでもなく、
静かに過ごせています。
むしろ、心が穏やかです。
うまくいきすぎて滅。
と、絶対に言いたくないけど、
そう言えてしまうほど、
穏やかな毎日です。
「好きすぎて滅」に重なる、今の感覚
「好きすぎて滅」とは、
好きすぎてツラい。
消えてしまったほうが楽になれる。
それほどのあふれる思いがあること。
今の僕にとっての「好きすぎて滅」は、
少し違う意味も重なっています。
好きだからこそ、一心同体のように感じている。
いちいち確かめなくてもいい。
勝っていても、負けていても、
変わらず好きで、変わらず応援する。
だから、気にしなくていい。
いつも結果を追いかけて、
心を忙しく反応させ続けるのではなく、
ある意味では、自分の中から
「消えている」ような感覚でいる。
それは、無関心とは違くて、
気持ちがなくなったわけでもありません。
むしろ逆で、
もう好きであることが前提になっているから、
毎回それを確認しにいかなくてもいい、
という感覚に近いのかもしれません。
好きだからこそ、適切な距離を取る
好きすぎるものは、
ときに自分を支えてくれるし、
ときに自分を揺らしもする。
だから、決めて断つ。
完全に手放すわけではなく、
雑に切り捨てるわけでもなく、
自分を守るために、
適切な距離を取る。
それは、愛情がなくなったからではなく、
むしろ、長く大切にしていくための距離なのだと思います。
近くにいて、
いつも確かめ続けることだけが愛ではない。
少し距離を取りながら、
それでも変わらず好きでいること。
信じて、待つ。
信じて、見守る。
それもまた、
大切な関わり方なのだと思います。
それもまた、ひとつの応援の形
大好きだからこそ、
適切な距離を取る。
一生応援していくものだからこそ、
毎日の心は穏やかにしておく。
それもまた、実るまでを長く見守るような、
ひとつの応援の形なのかもしれません。

今日のQuestion?
大好きだからこそ、少し距離を取った方がいいものはありますか?
・周りに振り回されてしまう方
・好きなものを自分らしく大切にしたい方
・一喜一憂して疲れてしまう方
どうぞ、お気軽にご相談下さい。
【あとがき】
ここまで読んでくださって、
ありがとうございます。
「穏やかに適切な距離が取れています」
…と言ったものの、
実は1週目は失敗の連続でした。
スマホやテレビから情報は入ってこなくても、
・カフェのスポーツ新聞の見出し
・コンビニのスポーツ新聞の見出し
・YouTubeのサムネイル
そんなところから、結果を知ることになりました。
そこで知った、
まさかの開幕5連敗……。
負けすぎて滅がすぎるやん。
その後、連敗ストップの1勝。
ということで、
1勝5敗でおそらく最下位…。
僕の情報は、ここで止まっています。
その後どうなっていくのだろうか。
10月頃には、
「勝ちすぎて滅!」
「夢じゃないって証明して?」
と、Crazyな未来を夢見ています。
そんな、実る日を信じて、
自分にできることを積み重ねていこうと思います。
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