いつもと違う京都で出会ったもの|京都府立植物園で感じたこと



あなただけの幸せを
一緒に探すカウンセラーのじろうです。



今年も花見で京都へ行きました。


毎年行くのですが、
行く場所はいつもだいたい同じ。


慣れた場所には安心感があります。
それはそれで心地よく、
外れの少ない楽しみ方でもあります。


でも今回、妻と一緒に
「いつもと違うところへ行ってみよう」
と決めて歩いた京都では、
思いがけない発見がたくさんありました。


きれいな桜だけではなく、
出会った景色の中で感じたことを、
今日は書いてみたいと思います。


京都へ花見へ行くと、
嵐山や清水寺、蹴上インクライン、南禅寺など、
いつもだいたい同じようなコースを歩いていました。


それはそれで安心感があります。
慣れた景色の中には、ほっとできる良さがあります。


でも今回は、せっかくなら、
いつもと違う場所へ行ってみようということになりました。


初めて行く場所を巡る中で、
特に印象に残ったのが京都府立植物園でした。


少し立ち寄るくらいのつもりだったけれど、
思っていた以上に広くて、見どころも多くて、
気づけば3時間ほどゆっくり過ごしていました。


「少し寄るだけ」のつもりが、
しっかり心をつかまれる。


そんな場所との出会いも、
いつもと違う道を選んだからこそだったのだと思います。


植物園に入園してすぐ、
噴水がありました。


ちょうど晴れ間が出ていて、
水しぶきに光が差し込み、
きれいな虹が見えました。


その景色がとても印象的で、
思わず足を止めました。


僕は、噴水と虹にとても惹かれてしまい、
見つけると写真を撮ってしまいます。


水が勢いよく上がり、
細かな粒になって広がる。


そして、その一瞬の中に虹が現れる。


ずっと見ていられる。


ただきれいというだけではなく、
そこに流れ移ろいがあるからこそ
惹かれるのかもしれません。


ずっと同じ形ではいられない。
でも、その一瞬だからこそ見える美しさがある。


噴水と虹を見ながら、
そんなことも感じていました。


植物園には、桜だけでなく、
本当にさまざまな植物がありました。


ちょうど桜も見頃で、
二十何種類もあると書かれていて、
同じ桜でもこんなに違うんだなと楽しめました。


さらに園内には、
世界の植物を集めた温室エリアもあり、


熱帯雨林、砂漠、高山など、
それぞれの環境を感じさせる植物が並んでいました。


「これは何だろう」
「すごい形だな」
「こんな色の植物があるんだ」


一つひとつに目を向けながら歩く時間は、
とても豊かなものでした。


世界一臭い花があることを知ったり、
ラフレシアのような世界最大の花に出会ったりして、


ただ「きれいな花を見る」
だけではない面白さがありました。


植物には、整った美しさだけではなく、
不思議さや力強さ、
少し驚くような個性もあるのだと感じました。


花見に来たつもりが、気づけば「世界の広さ」に触れていた。
そんな感覚も、この植物園の魅力だったように思います。


園には、倒木が置かれている場所がありました。


どうやら、台風で倒れた、
樹齢100年を超えるスギだとか。


その大きさには、
ただただ圧倒されました。


目の前にすると、
「大きい」という言葉だけでは足りないような存在感があります。


何十年と長い時間を生きて、
ここまで大きくなったのだろう。


そう思うと、その木が生きてきた時間の重みのようなものを感じました。


実際に木に触れてみると、雄大さというか、
力強さのようなものが伝わってくる気がします。


言葉を発するわけでもないのに、
ただそこにあるだけで、長く生きてきたことの説得力がある。


木には、そういう不思議な力があるなと思います。


人もまた、長く生きてきた時間の中で、
目には見えないものを蓄えていくのかもしれません。


すぐには言葉にできなくても、
その人が歩いてきた時間は、どこかににじみ出る。


そんなことを、大木の前で感じていました。


植物園では、同じ種類の花がまとまって植えられていました。


それはそれで、とてもきれいでした。
揃っているからこその美しさがあります。


でも、よく見ていると、
たまに違う場所にぽつんと咲いている花もありました。


仲間はずれに感じるみたいに、
そこだけ違う色の花が咲いていたりするのです。


すると不思議なことに、
その花がとても目に入るのです。


みんなと違う場所にいるからこそ、
その花の良さが、改めてよくわかる。


「あ、この花ってこんなにきれいだったんだ」
と気づかされます。


同じ品種でも、色が違うだけで、
こんなにも輝き方が違うのだなと思いました。


本当はそれぞれに個性があるのに、
普段は周りに馴染んで、
埋もれてしまっていることもあるのかもしれません。


でも、置かれる場所が少し変わるだけで、
その良さが見えてくる
ことがある。


それは花だけではなく、
人も同じなのかもしれないと思いました。


みんなと同じ場所にいると見えにくい魅力も、
少し離れてみたり、違う環境に置かれたりすると、
急に輪郭を持って見えてくる。


植物園を歩きながら、そんなことを感じていました。


今回の京都で改めて感じたのは、
やっぱり新しい場所へ行くことの大切さでした。


慣れた場所は安心できます。
定番コースには、外れの少なさがあります。


でもその一方で、
いつもの景色の中では出会えないものもあります。


今回の植物園は、まさにそうでした。


自分から少しだけ、
いつもの外へ出てみたからこそ、


虹にも、大木にも、花たちの個性にも
出会えたのだと思います。


安心の中で過ごす心地よさもある。
けれど、新しい場所に行くことで、
楽しみや発見が増えていくこともある。


その両方を感じられた一日でした。


いつもと違う道を選ぶことは、
少し勇気がいることもあります。



でも、その小さな一歩が、
自分の感じ方や見える世界を広げてくれる
ことがある。


そんなことを、今回の京都で改めて教えられた気がします。


この日、実は少し残念なこともありました。


リュックにつけていた、
福井の恐竜博物館で買った恐竜のキーホルダーをなくしてしまったのです。


気づいた時には、カバンにつける部分だけが残っていて、
恐竜だけが外れていなくなっていました。


数年前、自分の誕生日に買ったもので、
大事にしていたので、やっぱり残念ではありました。


でも、不思議とそこまで引きずりませんでした。


大切なものにも、いつかお別れの時は来る。
それがたまたまこの日で、京都だったのだろうと思いました。


もちろん寂しさはあります。
でも、その出来事も含めて、この日の思い出になったように思います。


僕の予想では、
きっと植物園のあの場所に帰ったのだと思います。

生きた化石「ジュラシック・ツリー」。きっと、彼はここにいるはずだ。



「それなら、まあいっか!」
と、むしろ晴れやかに思えています。


楽しいことばかりではなく、
少し切なさの残る出来事も含めて、
一日というものは形づくられていく。


そう思うと、この小さなお別れも、
この日の景色の一部になった気がしました。


いつもと違う京都を歩いたことで、
たくさんのものに出会えました。


噴水にかかる虹の美しさ。
長い時間を生きた大木の雄大さ。
仲良くまとまって咲く花の美しさと、
そこから少し外れた花の個性。


そして、
新しい場所へ行くことで見えてくる、
自分の感じ方の広がり。


慣れた場所にいる安心も、
大切です。


でも、少しだけいつもの外へ出てみることで、
思いがけない発見に出会えることがあります。


この日の花見は、
ただ桜を見るだけの日ではなく、


「違い」や「個性」、そして
「新しく出会うことの豊かさ」を感じる一日になりました。


いつもの道を歩くこともいい。


でも、ときには少しだけ、違う道へ。


その先には、出会いもあれば、別れもある。


けれどきっと、
自分でも知らなかった感動や、
まだ見ぬ美しさが待っているのだと思います。


・最近、心が少しマンネリ気味な方
・少しだけ、いつもの外へ出てみたい方
・慣れた安心と、新しい挑戦の間で揺れている方



どうぞ、お気軽にご相談下さい。



【あとがき】


ここまで読んでくださって、
ありがとうございます。


植物園を出たのが、ちょうどお昼時でした。


せっかく京都に来たのだからと、
老舗の洋食屋さん、人気のパン屋さん、発酵食品のお店など、
周辺にいくつか候補がありました。


でも、こんな花見日和の日に、
人が少ないはずもなく、どこも大行列。


もう空腹で耐えきれない……


と、最終的に入ったのは、
まさかの熊本ラーメンのお店でした。


妻は初めて食べたようで、
「とても美味しい!」と喜んでいました。


京都に来て、なぜか熊本の味に出会う。


そんな少し不思議な流れもまた、
この日らしい出来事だったように思います。


思いがけない出会いは、景色の中だけではなく、
お昼ごはんの中にもあるのかもしれませんね。

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