稲穂について

食はいのちの原点

私たちいのちの誕生は、母はし(箸)で運ばれる食が、誰の手も入ることのできない子宮の中で、

1010日(とつきとうか)食のみで育てられ、食のおかげさまで五体をいただき誕生しました。

食なしで私たちの誕生はありません。

また、私たちは、毎日いただく食のおかげさまで、今日も元気に学校に行くことができます。仕事ができます。運動ができます。目が見えます。耳が聞こえます。考えることも、話すこともできます。けがや病気が回復します。髪の毛一本、爪の先まで

全ては食のおかげさまです。

食べることはあまりにも当然過ぎる当然、当たり前過ぎて、誰もが気付くことができませんでした。私たちは、食なしでは生きることができません。この当たり前の中に本当のこと、「いのちの真実」がありました。

稲穂と名前をいただきました

「実るほどこうべを垂れる稲穂かな」

秋の実りの稲穂のように、私たちも本当の事を知れば知る程、稲穂のようにこうべを下げて生きる姿は、本来の私たちの心の姿です。

米の一生は人間の一生です。
米は酒にもなるいのちです。一点の曇りも濁りもない神にお供えするいのちです。
私たちも、生まれた時のように、一点の曇りも濁りもない心となり、食のおかげさまで五体をいただき、全てのいのちと共に生かされている幸せに感謝して生きることは、秋の実りの稲穂のように頭を下げて生きる幸せとなります。
 

稲穂の思い

平成12年、まだその当時、自然食の店が四日市にはなかったので、まずは、安心して食べていただける自然食のレストランを、自宅で開業しました。

開業して2ヶ月後、今は亡き大切な方とのご縁をいただきました。

その方は、食と語り合い、食のいのちを生かし、食と一体となって、食の喜びの料理を作られました。

いつも明るく、どんなことも喜びと感謝に変え、鏡(人の見本となる)となって生きた方(女性)でした。

そして、どこにもない食の喜びの料理を出す店へと変わりました。

その中で、いただいたものは料理だけではありませんでした。

本当の事を伝えてくれる『いのちのひびき』がありました。

いただくひびきの一つ一つは、今までに聞いたことも、見たこともない。本にも書いてない。どこにもない。貴重で尊いものでした。

暗く重かった心が、だんだん明るく軽くなって、自分の深い所のいのちが喜びになっていくのを感じました。

『いのちのひびき』を真っすぐ受け、20年実践と体験を重ねてきました。

そして今、ようやく結果の出る喜びをいただきました。

本当の事を知って生きることは、生きることへの不安や執着がなくなり、食のおかげさまで五体をいただき、今日まで生かされてきた喜び、いただいたすべてにありがとうの心。

そして家族みんなの幸せをいただきました。

残していただいた『いのちのひびき』は誰のものでもありません。自然界(人間以外の人間を取り巻く世界)が用意してくれた「みんなの幸せの道」です。

ご縁のある方々と共に学び成長し、喜びと感謝を語り合う場所が稲穂になれたら幸せです。

 

【食親とは】

食のいのちは、24時間休むことなく、違ういのち同士争うこともなく、不平不満の心もない。

誰にでも平等に、只ひたすら,人間の五体を作り、心を育て、導いてくれるいのちです。

声も言葉もないけれど、ただ只、人間を生かして、生かして、生かし続ける愛だけのいのちです。

その食のいのちをいただく人間は、なぜ愛だけの心になれないのでしょうか。

それは、ご先祖様をはじめ、積み重ねてきた心があります。

その心を溶かして(きれいにする)くれるのも、食のいのちです。

人間一人一人が、食の愛に目覚め「食のおかげさま」の心で生きることは、全てのいのちと溶け合い、愛の心となって生きる幸せがあります。

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